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随想・夏の花火

by おとこざわ・とおる

山歩きが好きなのは、人混みが嫌いだからだ。

だから、仙台に長年住んでいるのに、七夕祭りやジャズフェスやまして花火大会など、足が向くことがない。

似た者夫婦ということで、妻もそうだ。

夜空に大輪の花が咲く打ち上げ花火はそれで壮観だが、庭で涼みながら家族で楽しむ、おもちゃ花火が好きなのである。

この夏、わが家にその「おもちゃ花火」がやってきた。

やってきたというより、戻ってきたのだ。

夫婦2人で静寂に暮らしていたわが家に、大学生の娘が、初の夏休みで帰ってきたのだった。

半年前まで毎日いっしょにいたはずなのに、彼女が花火だとはうかつにも気づかなかった。

娘が帰省するとわかってからは、妻は表情に言葉の端々に、ウキウキした気分がこぼれはじめていた。

花火に、妻は気づいていたのだ。

人混みは避けたいが、花火を見るのはワクワクする。

いまの大学はどうなっているのか、9月いっぱい夏休みだという。

サークルを3つ掛け持ちしていて行事の都合上、8月も半ばになって帰ってきた娘は1ヵ月強も滞在するとのことであった。

長逗留の主な目的は、短期のバイトと自動車免許の取得だったが、その間、さすが気ままな大学生である。

途中で、他県に遠征するサークルの合宿に行ったり、かつての友達とカラオケに行ったり。

ついこの間まで親の監視下に置かれた高校生であったのに、親の目を気にせず、好き勝手に遊ぶようになったのは長足の進歩と感心する。

連れ立って遊ぶ友だちもそうなんだろう。

この様子を見るにつけ、娘は花火のパックだったのだとようやく気がついた。

手持ち花火、噴出花火、ロケット花火、回転花火、打ち上げ花火...

おもちゃ花火にもたくさん種類があって、袋詰めパックにぎっしりとバリエーションが詰め込まれている。

高校生までのバリエーションに比べて、種類が格段に増えているのに驚いた。

その日その日、昼と夜、家と外。

親が見ているかそうでないかにかかわらず、彼女の活動は花火の競演である。常に種類が違う。

活動力を増した彼女を見て思い出したのは、東日本大震災の直後、埼玉県の立教新座中学・高校の校長先生が卒業生を送った言葉である。

震災の直後で、卒業式を開催できなかったその年、校長先生は、式辞をホームページに掲載した。

大学で学ぶとは、どういうことなのか?

予め用意していた用意していた式辞を推敲し、大災害の直後で躊躇しながらも、こう語りかけていた。

誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。

遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。

諸君は管理されていたのだ。

大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。

高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。

それは、家庭を持っても変わらない。

愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

(中略)

時に、孤独を直視せよ。

海原の前に一人立て。

自分の夢が何であるか。海に向かって問え。

青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。

大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。

自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。

流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

親としては、娘には大学生の本分たる勉学に励んでほしいと願う。

特に私自身、大学中退を悔いているので、なおさらである。

しかし、遊ぶ、悩む、一人で懸命に努力する、その自由を得る。

それも大切だ。

親の前で見せてくれる花火のまぶしさは、ほんの一面に過ぎず、陰ではたくさんの明るい光や暗い光を発しているのだろう。

誰しもがそうであるように。

1ヶ月間、毎日のように花火の気配を感じていた。

常にいっしょにいたわけではないが、同じ仙台の空の下で時間を共有していると思うと、彼女の自由を得た歓びが想像できた。

家庭では無口な父親であって、会話が少ないのは私のせいだが、こちらまで花火を楽しませてもらった。

楽しい気分になった。ありがとう。

夏が過ぎて、残ったのは、洗面所のタオルかけの空きである。 3本がきっちり並んでいたところに1本分の空白ができてしまった。

花火は、夏の名残となってどこかに消え去ってしまったようだ。

しかし、たまに来るメールや電話で近況が聞ければ、これは遠い昔の線香花火を思い出すようでほっとする。

火玉が落ちる瞬間がいちばんきれいで切ない。

今日の一首。

洗面のタオルかけに一枚分の空きぽかり

二人暮らしにまた戻りたる夏終わる

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