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カツ丼を後進にごちそうしよう

by おとこざわ・とおる

 中学から大学時代にお世話になった知人がなくなりました。享年83歳。

 中学、高校時代の先輩と後輩の兄弟のお父さんである。兄弟とは音楽の趣味も合い、話も合うしで、実家にいるよりも長い時間お邪魔しているのではないかというくらい、そのお宅に入り浸っておりました。2番めの兄弟みたいだと。

 亡くなったお父さんは、なかなかの食通であって、しかも小さな居酒屋をひとりで切り盛りしていたほど料理の達人でもありました。

 ある日、その居酒屋でカツ丼をご馳走になることに。ご自宅で夕食をご馳走になることは、再三再四で遠慮知らずの若者でしたが、お店で商売ものをいただくとなるとなぜか気後れしてしまって。いつになく殊勝に、ご馳走になっていいんでしょうか、と敬語がでてしまいました。恐る恐る。

 お父さんは、「とおるくんが出世したら、カツ丼2杯おごってくれ」と笑っておりました。

 味は絶品でございました。

 自慢じゃないが、実母も料理が上手でカツ丼もたまに食卓に出たけど、おふくろの味と料理屋の味は、子どもにとってはシチュエーションが異なる。お金を払って食べるフォーマル感というか。

 しかし、それから40年も経つのに、カツ丼の一杯を召し上がっていただくこともできないままお別れとなってしまったわけです。

 ずっと頭のなかに残っている言葉があります。

「育ち逃げ」。

 岩手県の沿岸部出身で、学生時代からずっと仙台で暮らしている友人が、ある日、居酒屋でこうもらしました。

「ふるさとに恩返ししていないんだよな。育ててもらったのに。育ち逃げなんだ」。

 私も、ふるさとの登米市から育ち逃げしているのであって、なんにも恩返しができていない。ふるさとどころか親にすらできていないのだし、これからもできることはなかなかないと思う。

 育てていただいたふるさとの人々や地域に恩を返すことができないならば、いま住んでいる仙台とか、いまの友人知人とか、もしくは袖擦り合った人とか、ふるさと以外の人々や後進のみなさんに恩返しならぬ、恩送りをしていくしかないんだけどなあ……

 告別式で、穏やかな遺影を見つめて考えました。

 繰り返しそう思うものの、まったく微力だけれども、恩送りを心に留めておきたいと、合掌。

(追伸)カツ丼をごちそうになりたい後進はご連絡ください(笑い)。

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